"完璧すぎる"視覚

イメージの世界を探索する手段として技術が可能にしたものにコンピュータグラフィックスがある。コンピュータグラフィックスは現実からあらゆるノイズや偶然性を捨象し、現実の光線の反射と透過を物理的にモデル化することによって非常にリアルなイメージを生成することを可能にする。しかし現実世界においては、光線が本当にそのような理想条件の元で、我々の網膜に結像するわけではない。それは現実を参照しつつも、現実以上にリアルな、あまりに完璧すぎる視覚なのである。現実をコピーしようとすればするほどそれから遠ざかるという皮肉がそこにはある。コンピュータグラフィックスが向かう現実世界をモデル化しようとする方向性はある意味では、アニメーションが行ってきたこととは真逆であろう。しかし、モデル化を行うということは、現実の物理現象の振る舞いを抽象し、不純物を捨象する、ある意味ではアクセンチュエートすることである。アニメーションにおいて、形態や動きのある特定の部分が挙揚され抽象され誇張されるのと同様に、物理モデルにおいては、現実のものの振る舞いが、求心運動、等加速運動、正弦運動へと還元される。しかし、これら科学者が作り出す物理的法則は、物理モデルとは科学理論によっては実証されているものの、現実世界にはそのままでは一つたりとも存在しない、虚像なのである。